Diary

2月の日記

2月1日

4時ごろ一度目が覚めて、もう一度寝て起きたのは10時だった。外は曇り気味の晴れ。出かけるにはちょっと起きるのが遅い。快晴の週末は早起きできないのかなあ。今日は電話をかけよう。

## 乱視読者の冒険

若島正さんの乱視読者シリーズ は、ずっと興味を持って見ていたが、文庫が無く値段が高いので躊躇していた。今回そのシリーズの最新刊、「乱視読者の英米短編講義」が読売文学賞と受賞したようなので、これを機会に日本に帰ったら読んでみようかな。

## 授業料免除

どうも半額免除が取れていたようだ。これで4回連続。良かった。それでも、13万円近くだけれど。今後も自炊して慎ましく生きよう。


2月2日

今日は彼女の誕生日だったので、ネパールに電話を入れてみる。寝ていたようだ。今使っているカードは繋がりが悪いので、直接かけてみた。流石に繋がりは良かった。昨日はは、職場の友達に連れられて、沐浴所に行ったそうだ。写真を見せてもらったが、流石に圧巻という感じだった。また早く行きたいな。

## 日本からの贈り物

彼女の両親から、日本食が送られてきた。ご飯や、味噌汁、お餅のほかにつまみなどもあり、素晴らしい。明日お礼の電話をかけよう。


2月3日

起きたのは9:30だった。一人目。彼女の両親にお礼の電話をかけて大学にやってきた。

## Lunch Meeting

今日の IDS bar のランチはメキシコ料理でなかなか魅力的だった。蒸し鳥のチョコレート(カカオ)ソースかけと、タコスとサボテンのサラダというメニューだったが、前者の方にした。このカカオのソースはモレソースというそうだ。同じくメキシコのチョコレートをモチーフにした?映画のショコラを思い出したよ。本当にチョコレートに唐辛子を入れるんだなあ。

## イラク大量破壊兵器捜索

英国ではずっと対イラク戦争の是非が国民の議論の的となっていますが、イラク大量破壊兵器捜索を見たりすると、何となく自分が生きている間で見てきた戦争の中で、今回の対イラク戦争は最も理不尽な戦争であるという感を強くします。理不尽な(あるいは不毛な)戦争といえば、僕はベトナム戦争を考えてしまうのですが、実際にベトナム戦争の時の状況を見ていたもう少し年配の人たちは、今回の対イラク戦争をどう見ているのでしょうか。

僕は、個人的にアメリカという国が好きになれません。実際に幾つかの都市を訪れたこともあるし、住んでいる人たちの優しさにも触れたことがありますが、国家としてのアメリカの在り方は、(日本にとってのアメリカのような)「目の上のたんこぶ」的な権力があまり無いこともあって、時に非常に傲慢であり、反感を感じます。とはいえこれはアメリカに限った話ではなくて、例えば、中国のチベット侵攻などに対しても同じような反感を感じています。

しかしこういう反感を感じるにつけ、自分の世界情勢に関する感覚が平和な世界で既定されているのを感じます。100年も前に戻れば、世界は強い国が弱い国の利益を表立って搾取するというのが当たり前の時代だったので、そうした時代に生きていれば、これらの戦争を見ても、特に疑問を持たなかったのかもしれません。しかし、そもそも、今だって、軍事力を表立って用いなくても、強い国が弱い国の利益を搾取するということは行われていることでしょうから、単に軍事力を用いることに対して抵抗があるだけかもしれません。または、本当は国の利益のためにやっていても、世界平和のために世界のリーダーであるアメリカが制裁を加える、などと(本気で)言う国が嫌いなだけかもしれません。政治に関してほとんど知識が無いので、詳しい背景などを考慮していない、直感的な感想です。


2月4日

7時半に目が覚めたが二度寝して 9:00 に起きた。

## a New Year’s card from Japan

日本から年賀状が来た。去年と同様、林間学校で教えていた子供からだったが、何故2月になって・・・?

## Another visitor from Japan

NAIST の I さんがやってきた。I さんは今回の滞在に関して、なかなかの野望を持たれているようだ。僕ももうちょっとのんびりやった方がいいのがいいのかな。I さんの PC が LAN に繋がらなかったんだけど、数時間格闘して突然繋がったので、どうもいつものやつ(NLP ラボの DHCP の接続数の限界)らしいことが分かりました。うぅむ。しかし、NAIST で指導している学生が7人もいるとのことで大変そうだった。また、I さんの話では、昨日行ったレバノン料理のお店が大当たりだったらしい。今度連れて行ってもらおう。Brighton もなかなか捨てたものではないのかな。

## チョンマルブック

古い話だが、Chonan Kang による韓国語入門。好評のよう。アジア言語(でも簡単なのだけね)への興味が沸きつつある今日この頃です。

## 秘密のアイデア

ここのところしばらく色々な研究のアイデアをメモしていたが、その中で一番単純でかつやる意味がありそうなアイデアを、Alex に話してみた。とても興味を持ってもらえたようだ。その実験に必要なファイルもくれて、結果が分かったら報告してくれとのこと。一週間程度で実装できて、一週間程度で実験実験できるとよいなぁ(無理だろ)。ACL は無理でも、マニアックな TAG+ に出せたらいいかな。それに、COLING まではだいぶ時間がある。

## Panasonic Let'snote Y2

PC WATCH のレビュー記事を見たが、キーボードが改善されているのが好印象。軽量化路線を始めてから、一生懸命作っていますという感じがより伝わってくるので良い感じだ。


2月5日

8時半に起きて二度寝して、9時半に起きたら、もう家には誰もいなかった。今日は霧な天気。2人目。

## ネパール

ネパールの彼女が体調を崩してしまったようだ。2月12日にはまたバンダもあるようだし、心配だな。バンダの最中は、公共機関等が全部ストップする上に、マオイスト(立憲君主制の廃止、共和制の確立を標榜する反政府組織)のデモ・集会等もあり、国軍も出動して非常にピリピリした雰囲気になります。

昨年の9月に行ったときは、マオイストと国軍の停戦協定が破棄された直後ということもあり、かなり緊迫した雰囲気でした。爆弾事件もあって、公共機関に仕掛けられた爆弾のために、一般市民から死傷者が出ることもあり、僕が滞在していたときも、学校のトイレに仕掛けられた爆弾で子供が亡くなるというニュースがありました。バスのチェックも厳しく、カトマンドゥとバクタプルを結ぶエクスプレスバスでも、国軍のマオイスト・爆弾チェックが入って全然エクスプレスじゃなくなっていました。街の中心のプラノ・バスパークに近い、ラトナ・パーク近辺では、頻繁に集会があるので注意が必要です。一度ラトナパーク付近で、集会をしている横を通ったことがあり、人が集まっていたのですが、突然人が散り散りに走り出し、辺りの店が一斉に店の鉄扉を下げだすという場面がありました。僕はというと、平和ボケした面をして、そういうところをのんびり歩いていたわけですが、流石に最後はやばく感じて走って帰りました。

昨年の12月に行った時は、カトマンドゥ市部は少し落ち着いていたけれど、西部では相変わらず衝突が続き死者も連日のように出ていたし、カトマンドゥの東部にある古都サクーからの帰りのバスでは、やはり国軍のチェックがありました。マオイストは赤の旗が目印ですが、各人は普通の格好をしているので、街を歩いている人に紛れているので見分けがつかないそうです。カトマンドゥの街を歩いていたときに、一緒にいた彼女が、道の壁にあの赤の旗と一緒にデヴァナガリ文字で「〜月〜日に集会をやるぞ」と書いてあるのを教えてくれたこともありました。

## ネットワーク不調

大学に来たら、ネットワークが変なことになっていた。SSH/TELNET 接続は内・外 OK, IMAP(メール)は内・外 NG, HTTP(ウェブ)は内 OK, 外 NG だった。最初は proxy が死んでいるのかと思ったが、そうでは無いらしい。調べると、DHCP で割り当てられる IP が全然変わっている。このせいだろうか。不便なり。予想通りで、John が help desk に連絡して直してもらってくれた。


2月6日

珍しく夜遅くまでプログラムを書いていたら、起きるのが遅れてしまった。

## Another visitor from Japan

研究室 OB の牧野さんが Sussex にも顔を見せてプレゼンテーションすることになった。

## Hadrian's Wall

BBC2でハドリアヌスの城壁の紹介をやっていた。イングランド北部 Solway 湾から Tyne 河口までローマ皇帝ハドリアヌスが北方民族の侵入に備えて築いた防壁で、世界遺産に指定されている。長さは70マイルほどで、イギリス版のミニ万里の長城と言えるだろうか。

## プログラム

簡単すぎる。クラスタリングのプログラミングは楽しいなあ。パーザーのストレスフルなプログラムとは大違いだ。


2月7日

さらに夜遅くまでプログラムを書いていたら起きるのがさらに遅れてしまった。今日はいい天気。でも、用事があるので Rye には行けない。きっと3月まで行けない。うぅ。気分転換がしたい・・・。

## 漫画

大学の頃に比べるとほとんど漫画を読まなくなってしまったのだけど、木村紺さんの「神戸在住」と宇仁田さんの短編集は買って読む。また短編集が出るようなので、注文しておこう。中性的で大人しい作品に興味が移行して行っている気がする・・・。


2月8日

天気が良いので自転車で街に繰り出した。

## 散髪

散髪に街に出かけたら、ほとんどの散髪屋が閉まっていて悲しかった。いつも行く Elm Grove の散髪屋はもちろん、結局開いてる散髪屋を見つけたところは、すでに隣町の Hove に入っていた。しかも、4時まで空いているというから行ったのに、30分前に最後のカットをする、今は3時15分だが、二人待っているのでもうムリ。と言われた。こちらの日曜日はみんな休み過ぎで困る。I さんのうちの近くには 24h 開いているスーパーがあるそうだが、土日も開いているのだろうか。自炊していなかったら死んでるよ。

## Fish & Chips

Xinglong に教えてもらった Brighton で一番美味しいという Fish & Chips の店、Bankers, traditional fish & chips は中国人通りよりやや離れたところにあった。その店員に日曜に開いている散髪屋の話を聞いたのだ。魚は色々種類があり、白身魚でも、タラ cod, モンツキダラ haddock, スズキ sea bass, ツノカレイ plaice, などの他に、ガンギエイ skate, クルマエビ scampi, さらには トラザメ Huss なんてのがあった。ロンドンで食べるフィッシュ・アンド・チップス という記事を見つけた。なるほど。これを見てから行けばよかったか。skate を食べたが、来て見てびっくり。△だ。でかい。オナガ夫妻のイギリス旅行記の三日目に同じような経験をしている人を見つけた。軟骨残してしまったよ。食べればよかったな。でも、2mm ぐらいの厚さがあって、微妙な柔らかさだったんだよ。揚げ方がうまくまあまあだった。しかし、量が多過ぎる。食べ終わって思い出したのは、学校の給食で白身魚のフライあまり好きじゃなかったなということだった・・・。


2月9日

散髪に行けなかったので改めて散髪に。Elm Grove の行ったことの無い店に行ったら、学割が、あって1,000円ぐらいだった。さらに、散髪屋の人がパキスタン人で、インドの音楽を流していたので話が弾んだ。

## 忙しくて目が回る

今週は、自分の研究だけでも忙しいのに、他にもさらにやらないといけないことが沢山あって、非常に目が回る。困った。明日は大学に泊まらないといけないかも。その中でも、学振の書類が一番辛いです。


2月10日

今日は朝8時から夜9時までと、忙しい一日だった。ひどく疲れた。

## 最後の家賃

最後の家賃を払った。£300.£400下ろしたのだけど、全部£10紙幣で出てきてびっくりしました。


2月11日

今日も朝8時に起きてから大学に。LINGO について聞くために Alex に質問を出したのだが昨日・今日と来ていないようだ。これで間に合うのかなあ。今日は泊まりですよ。

## naughty boy

今日は大学に行く前に、洗濯物をちょっと追加しようと洗濯機の引き戸の部分を引いたら、水があふれて床にこぼれてびっくりした。洗濯機は、台所の隅の下部にあって、日本の乾燥機みたいに丸型の窓があって横向きなんだけど、どうも僕が扉を開けた時点でもう洗濯が始まって中は水で浸されていたらしい。急いで床にこぼれた水をタオル等で拭き取って大学に行ったが、帰ってすごいことになっていないかかなりドキドキした(水が少なくて服が洗剤まみれだったりとか)。しかし、思っていたよりこっちの洗濯機は robust だったらしく、結局大丈夫だった。

## migemo な find-file, kogiku

たまには日記で emacs lisp の話題でも。昔 migemo ML で見かけた kogiku: migemo を使った find-file が、Meadow memo さんの修正案を取り込んで、さらに find-file 互換を目指してバージョンアップしたみたいなので使ってみる。補完したのがディレクトリのとき、何故かうまく最後に / がつかなかったが、139行目の (file-directory-p f) を (file-directory-p (concat dir f)) にしたら直った。と思ったら、cvs では (file-directory-p (expand-file-name f dir)) と修正されていた。

## overnight

今日は大学に泊まった。英国に来てから初めてだぁ。


2月12日

言語処理学会の締め切りだった。遠隔指導は難しい。眠い・・・。


2月13日

ゆっくり休んだ。


2月14日

起きて大学に。

## 新しい電話カード

お試しカードでクリアな音声だった電話カードを買ってみた。£20のカードだったが、£17で買えた。前のカードのように£5のボーナスコールはついていないようなのだったが、88分話せる、と言われた。こっちの方が安いじゃないか・・・。

## Banana Bread Beer

今日は Banana Bread Beer なるビールを飲んだ。これは美味い。バナナという言葉につられて買ったのだけど、確かにほのかにバナナの味がする。口に含むと、鼻にその香気がサッと抜けて、ゴクリと飲むと喉越しが良く頭の芯に響く感じ。今迄で一番美味しいかもしれない。


2月15日

実験があまり進まない・・・やっぱり泊まらないとダメ?


2月16日

今日辺りから、M さんが英国に来ているのだろうか。今日は徹夜で実験。


2月17日

徹夜で頑張った甲斐あって、良い実験結果が出てきた。今日中に何とか実験を終えて、明日から論文を書き始めたいものだ。そしたら余裕なんだけど。クラスタ並列10台で動かすと、流石に速い。Sussex のマシンじゃこうはいかないよ。


2月18日

と思ったら、勘違いだった。やっぱり一発でいい結果が出るわけは無い。アルゴリズムを考え直しながら持久戦だな。局所的に物の値段が高騰しているらしく、一階の自販機がコーラ一本80pになっていた。前までは60pだったのにどういうことさ。というか、北欧並み、いやそれ以上の高さです。10pが切れて、買えなかった悲しかったけど、50p, 10p, 10p と入れて 50p 20p が戻ってきたのは良い。さらに何度か繰り替えた後、走らせる実験を絞って、6並列ぐらいで走らせて帰った。


2月19日

来たら、走らせた実験が全部、Tokyo と Sussex との connection lost で落ちていた。何度目?これ。DHCP configuration のせいか?あまりにひどい。

## 初めての英語論文

後輩が初めての英語論文でかなり苦しんでいるようだ。しかも、僕が唯一の共著者なので、なお大変。僕自身も同じ締め切りの論文で結果が出なくて苦しんでいるが、明日にはにこりと笑いたいものだ。ちなみに僕はまだ一行も書き始めていない。

## Another visitor from Japan

M さんがやってきた。しかもその直前に、論文を書けそうな光を持った結果が出た。よしよし。素晴らしいぞ。前のネタで大規模実験をあまりに何度もやってるから要領が身についている。夜は dinner party、僕の部屋に泊まってもらって、土曜日・日曜日はロンドンに行くことになった。久しぶりに酔っ払い、楽しかったので色々話してしまった。林間学校の肝試しのこととか。論文は?John が月曜日に論文が読みたいということで、月曜日に論文が出せないか TAG+ にメールを出した。John の話では、TAG+ は informal なので多分大丈夫だろうとのこと。確かに、延ばしてもらえた。しかし、論文が仕上がって、John に見せるためにやむを得ず2日待つならともかく、書きあがらずにロンドンに行くなどと間違ったことはしないようにする。これは研究者としてのけじめ(行くことに決めている方がよっぽど問題という説もあり)自分を追い込むのだ。


2月20日

勝負の一日。朝7時に M さんを Falmer に送って、大学へ。今日ちゃんと2本の論文は仕上げる。しかし、明日・明後日ロンドンに行くというのがかなりのプレッシャーとなっている。こういうときに論文を書く神が降りてくるものだ。やや二日酔い、体調は悪し。

## 論文の行方

少しずつ論文を書き初めて、同時に後輩の論文をチェックしつつ、時間が過ぎて行く。後輩の論文は色々な人に見てもらって飛躍的に構成が良くなったようだ。16:00 ごろ後輩は終了。お疲れ様。続いて自分の論文に集中する。21:00 頃、ある程度納得の行くレベルまで論文を仕上げることが出来た。1500 words, 2 page だし、これまで数だけは論文を書いているのがあるかも。今回は、今までとは全く違う話、しかも思った以上に良くまとめられたような気がする。やっぱり、generative な話はいい。構文解析の答え合わせみたいに神経をすり減らさなくても良いし。時間もあるし、ACL student session にも出せそう。COLING にはまた別のネタがある。この分だと、Norway に行くことになるかも?今年のネパール行きもかなり見えてきた。ともあれ、これでかなり気分良く、明日ロンドンに行ける。待ち合わせは9時。ロンドン・ヴィクトリア駅。


2月21日

朝起きたのは6時半過ぎ。Kate に今日・明日 London に行く旨の書置きを残して自転車で出発。

## 2-Days trip to London 1/2

Falmer 駅について、駅員がいないので、London 行きの切符を買うのをやめて、Brighton までの切符を買って出発。Brighton に着いたのは8時前で、Network Away Break を £13.85 で買って、順当に行けば1時間でLondon に着くはずだったが、engineering work のため、2時間近くかかって着いたのは10時前。どうも、Brighton - Gathwick Airport 間で engineering work だったらしく、一旦 Lewes を経由したために遅れたようだ。そして、待ち合わせをしていた観光案内所に向かったはずだったが、それらしき information が無い。何度か探した後で、駅に入りなおしてたところで M さんを見つけた。既に 10 字過ぎ。

最初に見たのは、Buckingham 宮殿の衛兵交代式。10時半過ぎ既にかなりの人が集まっている。New York の自由の女神に行ったときと同じく、世界中の人が集まる街 London なのだ。一番いい、Palace 正面の門が良く見える広場の高みの中央に座り、そのときを静かに待った。11時20分過ぎ、衛兵が Backingham 宮殿前の広場に登場し、そして3つ開いた門の左右2つから入場していった。しばらく、退屈した時間が過ぎた後、今度は中央から、任務を終えたと思われる兵隊たちが、吹奏楽の音楽と共に退場していった。思っていたほど迫力は無かったが、London 観光の starter としてはこれぐらいではないだろうか。

次は Westminster Palace & Abbey に向かった。Westminster 宮殿は Big Ben の名で親しまれる時計塔を持つ国会議事堂。Westminster 寺院は Canterbury 大聖堂と並ぶ英国キリスト教の代表的な建築物だ。Victoria 駅から地下鉄で、約2駅のところにWestminster 駅はあった、初めて乗る英国の地下鉄は、日本の地下鉄よりやや小さく狭かった。そして、 Westminster 駅を出て、階段を登った僕たちの背後に Ben は建っていた。見事なものだ。日本人は物が大きければそれだけで圧倒されるというが、それにゴシック建築の美麗な外面が加わって見事だと思った。周りでは外国人と思われる人たちがカメラを取って回っている。そして、さらに見事なのは、その Big Ben の Westminster 宮殿と同じ風景の中に、もう一つの見事な建築物である Westminster 寺院があったこと。黄土色の Palace と違い、Abbey は白色の荘厳とした建物で、正面に回って見るとその高さに圧倒された。残念なのは、さらに素晴らしいと言われる Westminster 寺院の中に入れなかったことだったが、これはまた London に来たときに行けばいいだろう。

その次は、Westminster 駅から Tower Hill 駅まで向かって、Tower of London に入った。この辺りの建物への入場料はびっくりするほど値段が高く、Tower of London は学割でも£10.5もした。Tower of London は過去に政治犯や勢力争いに敗れた王族などが囚われていた牢獄で、かの有名な Elizabeth I も入っていたことがあるそうだ。今は水の無い堀を越えて、城壁のような塀を越えて中に入ると、真ん中には White Tower と呼ばれる建物があった。塀伝いに、幾つかの博物館があり、それらの博物館の合計で入場の値段がたかっくなっているのではと感じた。王族の住んだ中世の部屋を残した場所があると思えば、投獄された罪人達の壁への悲痛な落書き、こちらのテレビでも見た、Henli VIII の何番目かの妻への死刑が執行された場所など、色々見所はあったが、最も人たちが並んでいたのは王冠や錫杖など、宝石の散りばめられた煌びやかな宝物の間だった。その王冠のコレクションがあまりに素晴らしいからか、王冠の周りだけ、歩道が歩く歩道になっていて、ゆっくり見れないようになっていのは残念だった。今まで話にしか聞いたことが無い展示物ばかりで、世界が違うなあと感じた。しかしそれだけ高いお金を払ったのに、全ての建物を見終わる前に時間が来て建物が閉まってしまったのは残念だった。

そして、Tower of London のすぐ側にある、Tower Bridge に行った。Tower Bridge は、100年ほど前、Thames の海運が重要だった頃、船を通せるように作られた箸で、日本だと浅草の勝鬨橋と同じような位置づけの橋らしい。蒸気機関を使って、橋の真ん中から開閉するように持ち上げる仕組みを、一世紀も前に作ったのには驚いた。Tower of London には、橋の両端部分に高さ50mぐらいの塔があって、その塔と塔の間に、人のための橋が渡してあり、その上からの London の眺めはなかなかだった。最も面白かったのは、さらに地下にある蒸気機関のエンジン室で、昔使われていた蒸気で橋を持ち上げるためポンプや、またその仕組みを解説した小さい模型があり、科学的にその仕組みが分かったのは面白かった。

食事に行くまでの時間つぶしに、Victoria 駅の近くにある Westminster 大聖堂に入ってみたら、土曜の service をやっていて入れなかった。service が終わるのを待っていたら 30 分ぐらいたってしまったが、その頃おなかも空いてきたので丁度良かった。ご飯は、僕の希望で SOHO の中華街に行った。カトマンドゥから戻ってきてから、久しぶりに食べたアジアの味はやはり美味しかった。たまに贅沢しても罰は当たらないだろうと、 3,000 円出して北京ダックを半分頼んでみたら、これが本当に美味しくておなかも膨れて本当に幸せな気分になった。スープやその後の麻婆豆腐、鶏肉のカシューナッツ炒めも優しい味付けで美味しかったが、やはりあの北京ダックの美味しさは今まで味わった安い北京ダック(この日のもどちらかと言えば安い北京ダックだったが)とは違い、うまかった。ホテルに戻ったのは夜10時過ぎであった。


2月22日

London 観光二日目。

## 2-Days trip to London 2/2

次の日は、近郊の海港都市 Greenwich に行った。Greenwich は London から30分ほどのところにある Thames 川下流の都市で、Greenwich 標準時を決めた Greenwich 旧天文台があるところ。Greenwich では、全ての建物の入場料が無料なのが良くって、色々と回った。St Paul's Cathedral などで有名な、Christopher Wren の建物も素晴らしく、旧天文台の高台から眺める Queen's House と Greenwich 大学の重なる風景は見事なものだった。そして、何より一番良かったのは、天文台の中にあった子午線を決めるときのエピソードに関わる展示物。子午線を決めるには、海を渡っても狂わない正確な時計が必要だったらしく、イギリス政府が正確な子午線を決める方法にかけた£20,000の懸賞金は、結局時計職人 John Harrison の手に渡ったのだそうだ。天文台の中には彼の作った精密な時計とその仕組みに関する詳細な解説があり、科学的に面白かった。また、天文台には、古きよき天文学者の香りもして、歴史の重みも感じた。

港に戻ると丁度3つある会社のうち一つの会社の船が出る時間だったので、それに急ぎ飛び乗って Embankment 停留所まで船から London の街を眺めた。Tower Bridge や London Bridge など、橋を4つほど越えたところで、船は泊まり、Charing Cross 駅から British Museum のある Tottenham Court Road 駅へ。

British Museum は、街の中に膨大な敷地を持って建っていた。話に聞くこういう場所に実際に来るというのは面白いものだ。あまり時間が無かったので、ざっと眺めただけになってしまったが、Rosetta Stone や、Parthenon 宮殿の彫刻、Egypt のミイラなどの代表的な展示物のほかに、英国を中心としたヨーロッパののケルト人時代から現代に至る芸術品・工芸品、また、アフリカの民族衣装、特別展として日本の鐘や仏像などの仏教芸術品など、世界中から集められた展示物があり圧倒された。無料なこともあって、人もあふれていて、スケッチをしている人もいたりした。しかし、大きさは思っていたほどは大きくなくて、Philadelphia で行った(全米で三番目に大きいという)博物館の方と同じくらいだった。

博物館を出て M さんと別れて、Victoria 駅まで持ってきていた Brompton Folding Bike で街を駆け抜けた。途中、Trafalgar なども通ったが、London はアメリカ的な雰囲気と、ヨーロッパの雰囲気を併せ持った街で、今までに味わったことの無い独特な雰囲気を感じた。Brighton の帰りには、engineering work のせいで3時間近くかかったけど、London は魅力的な街だった。今度恋人と来るときは、Kew 王立植物園や、Kensington 宮殿、Hampton Court 宮殿、Windsor 城などに行きたいな。


2月23日

朝7時過ぎに起きて大学に。論文を出して、終わり。


2月24日

一日のんびり。


2月25日

プログラムにバグ発見。うう・・・。最近部屋にほとんど人がいないよ。


2月26日

I さんの発表だった。


2月27日

プログラムを走らせるのだが良く接続が落ちるので困る。nohup とか使った方がいいのだろうか。I さんと Brighton で飲んだ。他人と飲むのは久しぶりだなあ。二人でワイン22本開けたが、僕は自分の買ったアルザスのゲヴュルツ・トラミネールばかり飲んでいて、I さんはオーストラリアの赤ワインばかり飲んでいた気がする。もっと赤も飲めばよかったな。また、料理が酒を飲みながら食べるに良い料理で、特にポテトが良かった。しかも安い。また違う店を探してみたい。


2月28日

大学に来たら、バグの結果どうなることかと思っていた結果が、非常に良い結果が出ていたので嬉しかった。土日のうちに結果を集めて ACL Student Session にでも出しておくか。


2月29日

英国に来てしばらくして、自分が26になって、もう社会的には完全に子供とはみなされないだろうなと実感したこともあってか、両親のことを時々思い出すようになった。と言っても、同じ東京という近くに住んでいても、何ヶ月かに一度しか帰らないという具合だから、現在の両親のことを想うというよりは、10年以上前のまだ滋賀県にいた頃の家庭のことを思い出すことが多い。覚えていると言っても他愛の無いことが多くて、幼稚園のときに思いの外うまく父親の顔の絵を描けたことだとか、「原爆落とし」と言って、近くにあったスイミングプールで投げ飛ばして遊んでもらったことだとか、三上山というやはり近くの山に一緒に登ったときのことだとか、家に蜂が入ってきて皆で慌てたことだとか、小学校低学年くらいのとき、「死ぬ」ということを真剣に考えて怖くなってしまったことだとか、母親が料理をしながら良く歌っていた歌のことだとか、庭に植えたひまわりが自分の背丈よりずっと高くなってびっくりしたことだとかそんなことなんだけど。滋賀県にいた頃が、色々あったが人生で一番楽しかったような気がする。そんな折、父親のホームページで幼稚園の時の話が書いてあったりすると、少し懐かしくなってじ〜んと来てしまう。親孝行なんて、○○券なんて無くってもいくらでもするのになあ。僕はもう忘れてしまった大切な思い出も、当時既に今の僕の年以上だった両親ははっきり覚えているのだろうな。日本に帰ったら一度そういったことどもを聞いてみたいものだ。経済的にも、社会的にも大学生の頃に比べれば自立してきているとは思うが、まだ学生は学生。来年大学院を卒業して実際に働き始めたら、父親と酒を飲みたいものだ。


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