移動日で、Ireland に入国し、中西部の街 Galway に向かった。
## To Republic of Ireland翌日は、早朝の電車で Coleraine 経由で Londonderry へ。Translink は Britain 島の鉄道会社ほど運賃は高くないが Young Persons Railcard が使えないので割高な気分。車窓からは、電車からみた、Inishowen 半島が非常に綺麗だった。Londonderry に着いたものの、あまり観光している時間は無いので街中をサッと自転車で抜けて、ギルドホールを横目にバスターミナルへ。北 Ireland のメインのバス会社である、UlsterBusを尋ねると、Ireland へは Bus Eireann が運行していると言う。運賃も Euro 出払うため、いよいよ Ireland に入国という感じだ。自転車も問題なく載せられた。Ireland 最初の目的地は、中西部の町 County Galway だ。Londonderry を 12:00 に出て、着くのは 17:30 なので、5 時間以上乗ることになる。しかし、バス料金は学割のおかげもあるが2000円ほどで、Britan 島や 北 Ireland に比べると非常に割安だ。途中、Donegal や Sligo などを経由してバスは Galway へ。この辺り、ずっと景色が良かった。また来るときはぜひ寄りたい。Achill islands など。
## Galway CityIreland は、人口10万人を超える街は Dublin, Belfast, Cork ぐらいしかないので、どの街も今住んでいる Brighton と比べるとずっと小さい。Galway は、人口5万人ほどだが、非常ににぎやかな街で、通りには人があふれ、歌があふれ、Ireland の中で訪れた街でも最も印象の良い(Dublin 以外の街はどれも印象がかなり良かったので比べるのは難しいが)街の一つだった。この日のホステルは 16 Euro とやや高め。シーズンは値上がりするようだ。
## 落し物この旅行では色々な落し物をしまくったが、この時点で、歯ブラシと自転車の鍵を落としており、歯ブラシはすぐ買えたが、鍵は売っている場所が見つからなった。非常に不便だったため、Galway では色々な人に尋ねまくって自転車の鍵を売っている場所を探した。1ポンドショップの店員から、スーパーの店員まで、非常に親切な人ばかりで、ここはいい国だなあと感じた。結局、自転車の鍵は買えず、翌日に観光案内所で聞いた LockSmith で買うことになった。
## Ireland の食事この街の Homeplate Organics で食べた夕食は、Lonely Planet で絶賛されている店だけあって、Pork のサンドも、パンのデザートも、信じられないぐらい美味しかった。素材の旨みが感じられて、France で食べられる繊細な味付けの料理より、ずっと好みの味だった。この店の支払いでもそうだったが、Ireland は人口が少なく小さい街が多いせいか、Credit Card を受け付けてくれるところが英国ほど多くなかった。
Galway を起点に自転車で Clare 州 The Barren を自転車で回った。
## The Barren Bicycle Tripこの日は、Clare 州の The Barren と呼ばれるところを自転車で走った。Ireland はかなりツアーが充実していて、大きな街では、20 Euro ぐらいで、街の近くの見所を回るツアーが沢山ある。実際、The Barren を回るのにかかった交通料金より、ツアーの料金の方が安いぐらいなのだが、今回はツアーには基本的に参加するつもりは無かったので自転車で近くの街まで行き、自転車で回ってまた次の目的地へバスで、という風に回った。The Barren では、走っている最中に雨が降り出し、しかも、それなりの登り坂で、3速しかない、軽さ以外はママチャリ並の Brompton C3 だと大変だった。Poulnabrone Dolmen (Portal Tomb) は 5000 年以上前に作られた石の墓である。Stonehenge を想像して行くとかなり小さいが、Barren 特有の荒れた岩肌の続く丘にこの人工的な墓がポツンと立っているのは不思議な光景だ。この後、バスに乗って Cliff of Moher に行ったが、丁度観光ツアーの時間とぶつかったからからか、ものすごい人で、この国に来て初めて日本人も数人見かけた。崖のすぐ真上は、行かないよう警告が出ていたが、皆行っていたので行って見るとものすごい風で吹き飛ばされそうになり、かなり危ない。日本だったらこんなところまで絶対に行けないだろうなあ。Connemara, Aran islands なんかも今度は行きたいな。
## To County KerryGalway に戻って、Cladder Ring の博物館や Aran Sweater などの店を冷やかして、Kerry 州の Killarney へ。4時間半。中西部からあっという間に南西の州まで来てしまった。Ireland は狭い。Killarney に着いたのは夜11時近く。流石に Ireland でも真っ暗。10時半ぐらいが日没だろうか。Killarney では駅の近くのホステルへ。13.5 Euro とやや安め。お釣りが無いので翌日支払い。
Killarney 国立公園をサイクリングして、The Ring of Kerry をバスで Cahersiveen まで行った。
## Killarney National ParkKillarney は3つの湖と森と山に接した非常に自然の豊かな街だ。Killarney を起点として、The Ring of Kerry という長さ179kmの周遊路があり、その内側に Ireland 最高峰の山々(と言っても標高1,000mくらい)がある。また、Killarney 近辺の森や湖は、Killarney 国立公園となっており、様々な Walking ルートや Cycling ルートがある。回りたいのは山々だったが、The Ring of Kerry 途中の Cahersiveen という街から船で Skellig Michael に翌日に渡る予定だったため、あまり長くは滞在できなかった。しかし、この街も Galway と同じくらい良い街で、人口は1万人足らずだが非常ににぎやかだ。Lonely Planet の地図がややおかしかった。朝まず、Ross Castle と言う、湖に突き出た半島部にある城に行った。自転車で走っていて気づいたのだが、この街は、国立公園内も含めて馬車がいたるところで走っており、路上に馬糞のトラップがある。フランス語圏では、犬の糞のトラップが至る所であるが、避けにくさという点で馬糞の方が被害が大きい。雨で溶けて広がっているところもあり、少なからず自転車で踏んだように思う。ショックだ。サイクリングの方は、自然が売りの国立公園だけあって、山を登っていこうとすると大変であり、Torc watterfall や、湖と湖の間のサイクリングロード などを走っただけだった。Killarney には、駅に隣接してアウトレットのショッピングモールがあり、ここが一番人たちでにぎわっていた。このサイクリングでは、朝・昼食べずにさらに山道を馬糞を避けながら雨にも会いながら登ったので非常に疲れた。自転車がマウンテンバイクなら、もっと行けただろう。
## The Ring of Kerryというわけで、15:00 頃のバスで、一路 Cahersiveen へ。The Ring of Kerry は、楕円形の周遊路だが、全てのバスは反時計回りに回るため、Cahersiveen のある8時方向には1時間半ほどで着く。この街は、メインの道路が一つだけ、人口も1,300人ほどと本当に小さい街だが、二日滞在した。のんびりしていていて本当にいい街だと思う。何より、泊まったホステルはこれまで泊まった街のホステルのようにグループの人があまりおらず、次の日に一緒に Skellig Michael まで行った Norway 人や New Yorker がおり、また、宿の landlady が洗濯してくれたり、色々情報を教えてくれたりと本当にいい人だったりして、本当に良い宿だった。宿泊費も 13 Euro でやや安め。その後、Bar で Guiness や Kilkenny といったビールを飲んだり、中国料理店でご飯を食べたら卵ご飯が何故か 0.5 Euro になっていたりしたが、詳しい話は翌日に譲る。
この日は Skellig Islands へ行って、Cahersiveen を観光し、同じホステルにもう一泊。
## Skellig Islandsこの島は本当に素晴らしいと思った。まずこれを言っておかなければいけない。Skellig Islands は大小二つの島からなり、Small Skellig は鳥の楽園である。一方、Skellig 本島の方は、6世紀から12,3世紀にかけて、修道士が生活した初期キリスト教の修道院 Skellig Michael がある。Cahersiveen から船で行くのかと思ったら、Portmagee というところまで車で行き、そこから船で行くということであった。車の運転手がボートの船長でもある。船は小さく、15人ほど乗ると一杯になってしまう上に、運転手がものすごい勢いでボートを走らせ、水飛沫が身体にかかりまくるため、雨具が欠かせない。帰りは、ウィンドブレーカーを切る前にずぶぬれになってしまいひどいことになった。1時間半ほどかかると言う話だったが、たった50分ほどで、Skellig islands に接近した。鳥たちの楽園 Small Skellig は夥しい数の鳥たちが島の黒い岩肌を真っ白に染め、羽を休め、子を育てしている姿が見て取れた。この島をぐるっと一周していよいよ Skellig 本島である。島は高さ217mほどあり、修道院は150mほどの高さにあるのでそこまでは階段などだが、これがまた、横が崖のところもありかなりの急登が続く。最後の急登を一気に登ると、beehive cell と呼ばれる ドーム型の岩でできた修道院が狭い範囲に密集していた。修道院からは Small Skellig も良く見え、昔は使われていたと言う別ルートを見下ろすと目もくらむようだ。写真に写っているのは、パフィンという鳥で、島の至る所に巣を作っており人間に全然警戒心が無い。我々の船が一番乗りだったが、すぐに多くの人がボートで島を訪れ、その数は3,40人ぐらいになったところで、この島で生活している観光庁の女性が、島の歴史を紹介してくれた。墓もそうだが、本当に素朴な遺跡だ。この Skellig Michael は Ireland の Mont-Saint-Michel と呼ばれるそうだが、個人的には、Skellig Michael の方が比べ物にならないぐらい良かった。ボートは、12人乗り19槽に制限されており、Mont-Saint-Michel のように気持ち悪いぐらい混むことは無いし、その遺跡の持つ雰囲気や歴史的経緯、自然と融和した静かな風景といい、これまで訪れた世界遺産でも本当に素晴らしいものの一つであった。行きにくいと言われる Mont-Saint-Michel よりさらにずっと行きにくい Skellig Michael だが、今度 Ireland に来るときは彼女ともう一度訪れたい。ここは掛け値なしに本当にいい場所だ。Needle's Eye 呼ばれる島の最も高い場所の近くでお昼を食べて Cahersiveen 戻った。帰りは水飛沫でびしょ濡れ。
## Lost key @ CahersiveenCahersiveen に戻ったものの、今日は日曜でバスも無く、この街でのんびり一息。というわけで、川であったボートレースを橋から見た後で、朽ちた城 Ballycarberry Castle や Ring fort などを巡って1時間半ほどサイクリングして戻ってくると、部屋の鍵をなくしていることに気づいて大ショック。最後に確認したのは今日の朝、絶対見つかると核心の下、サイクリングをもう一回したが、鍵は見つからず、Skellig Islands に落としたのかもしれない。ホステルの Landlady に正直に言うと、いいのよ、と言ってくれた。本当にいい人だ。とにかく物を落としまくった旅行であり、Wales に渡ったときも同じようなことがもう一度あるのである。
というわけで、次はいよいよ北上か、まず Killarney に戻ってバスを調べようと、Cahersiveen から Killarney に戻ることにした。この辺りから旅のトラブルが拍車をかける。日程無理し過ぎという感じである。
## The rest of the Ring of KerryCahersiveen までは往復のバスが出ているので、バスのチケットを往復で買っていたので、時計回りに戻る8時のバスに乗ることにした。これだと10時前に Killarney に戻れる。しかし、実際には寝坊してしまいバスには乗れず、さらに、自転車を持たずにホステルを出たら、鍵がかかってホステルからも締め出され、大ショック。ホステルの食堂が道路に面してガラス張りなのだが、8時過ぎなのに誰も食堂に出てこず、30分ほど待ってやっと出て来た人に開けてもらった。これには参った。次のバスは、The Ring of Kerry を反時計回りに回るバスで、持っている Cahersiveen までの往復のチケットが無駄になる可能性があるばかりでなく、Killarney に着くのはお昼過ぎである。前日一緒だった、Norway 人も New Yorker も The Ring of Kerry 経由で Killarney から Galway に向かうと言っていたので一緒だ。しかし、さらに、このバスが事故などで止まり、遅れてしまったのである。これには参った。代替のバスが来たのは1時間遅れで、これでは Killarney に着いても移動する時間があるのかどうか分からない。しかし、このバス、途中 50 分休む The Ring of Kerry のポイントで5分しか休まないというトリックを使って時刻を調整し、元々のスケジュール通りに Killarney に着いてくれた。この The Ring of Kerry, 前々日に自転車で行けなかった Lady's View や Moll's Gap など景色がかなり良いところを通ったのだが、さっと通ってしまったので、次来るときはレンタカーなどで来てみたい。
## To CashelKillarney で聞くと、Cork 経由で Cashel までは行けるということが分かった。ここで、運良く去年の全国バス時刻表をただでもらえたので、この後の旅はこの時刻表を活用してスケジュールを組むことができた。これはかなり役立った。Cork は Republic of Ireland 第二の都市である。というわけで、かなり大きい都市なのだけど、人口は Dublin の十分の1ほどしかない。乗換えまであまり時間が無いので、1時間の Walking ルートを30分で駆け抜けてバス駅に戻った。途中にあった St Finbarr's Church が、外装といい内装といい、ゴシック建築として見事で Normandy で見た幾つかの教会にも引けをとらず、Protestant の新しい教会が多い Ireland の中では新鮮だった。Cork は本当は Ireland でも有数のグルメ都市らしいのだが、結局ご飯を食べる時間も無く、出発ギリギリになってバス駅に戻って、Cashelに向かって出発した。途中、Cahir という街が城といいなかなか良い感じだったが、そこでは降りずに Cashel に直行し、着いたのは夕方5時過ぎであった。次ぎ着たときは、Cobh など近くの街に行ったり、美味しいご飯を食べたり、Blarney Castle に行って、Blarney Stone にキスもしてみたい(キスすると雄弁になれるという有名な石なのだそうだ)。
## Rock of CashelCashel は Rock of Cashel という丘の上の大聖堂が有名な街である。人口2,500人ぐらいのはずなのだが、交通量の割りに淋しい街で、食事も高い割りに美味しくなく残念だったが、ホステルがジョージア朝の古い建物を使って提供されており、部屋は一人だったが快適だった。Rock of Cashel は、lonely planet によれば、7時半までで、最後の入場は45分前までという話だったが、実際には7時までで、入場も6時15分までだったので慌てて向かった。丘の下からの眺め見事で、大聖堂の敷地の外には牛が飼われており牧歌的な風景画広がっている。中はがらんどうだが、歴史を紹介したシアターもありそれなりに楽しめた。Ghaeltacht (Ghael 語を話す地域)を示す看板もあったが、ここは Ghael 語は話されていなかったような気がする・・・(地域的には西部の半島部に多く存在する)。同じく遺跡の Hore Abbey から Rock of Cashel を見たりして、この日は早々に宿に引き上げた。明日は Ireland 最大の初期キリスト教修道院 Clonmacnoise に自転車で行こう。
この日は、すぐにでも Cashel を出発したかったが、バスが 10 時近くまで来ないため、街を見て回った後に、Clonmacnoise を見て、Newgrange など Boyne 渓谷の遺跡群に近い中東部の街 Drogheda に向かった。観光案内所に隣接する街の展示や Rock of Cashel を北からや南から見たりなどしつつ、古い図書館の蔵書など一通り来たところで Athlone 行きのバスが来たので Clonmacnoise 近くの Ballynahown までバスで行き、自転車でひた走った。
## ClonmacnoiseClonmacnoise までは 10km ほどで到着。案外に近い。朽ちた城などを横目に、遺跡に行くと、観光客が来る前で人は少なくのんびりすることができた。Clonmacnose は6世紀を起源とする初期キリスト教の修道院で、Ireland のちょうど真ん中に位置し、多く巡礼の人たちが訪れたそうだ。6世紀から中世にかけて、様々な建物が追加されていった。残念ながら、一部補修修理をしており、あまり眺めは良くなかったが、時間もあったのでここでは数時間のんびりした。Ireland の修道院に特徴的な High Cross も、最も有名な Cross of the scriptures をはじめとして展示されており、多くは廃墟 だが Skellig Michael や Rock of Cashel などと共通する寂寥感があり、昔に思いを馳せるには良い場所だ。
## バストラブル恐らく今回の旅行で一番のトラブルがこの後に起きた。この後は Athlone という街までバスか自転車で行き、その後 Ireland 中東部の街、Dublin から北に 60km という近さの Drogheda に泊まる予定だった。それで、宿も(ドミトリーに空きが無かったので 22.50 Euro とかなり高めだが)予約してあったのだが、Athlone まで自転車で着いた後、実は Athlone から Drogheda までのバスが金曜限定のバスだということが分かったのだ。これはかなり初歩的なミスだ。バス駅の事務の人に聞いたら、Drogheda までは今日は行けないし、Dublin は高いので Athlone に泊まった方が良いと言う。しかし、道を急がなければいけないので、買っていた Cashel - Drogheda の切符で Dublin まで行くことにし、急ぎホステルの予約を取り消す電話を入れてバスに飛び乗ったが、乗った後で実は Dublin から Drogheda 行きの夜遅くのバスがあり、元々予定していた時間と同じぐらいの時間(夜10時半)に着けることに気づいた。そこで、Dublin のバス駅に着いた後、再び電話し、予約した後で Drogheda まで行って泊まった。部屋はまた一人。ドミトリーで無いので当然だが。
この日は多分合計して40kmぐらい走ったのだが、時速を概算してみると、20kmぐらいで走れていてマウンテンバイクと遜色ないことが分かった。案外頑張れるんだなあ。
いよいよこの日は Ireland 最後の日となった。
## Newgrange, Knowth and DowthNewgrange, Knowth and Dowth などの遺跡で知られる、Boyne 渓谷は、Drogheda の西にある。Newgrange まで13kmとなっていたので、30分以上かかるかと思ったが、実際には、Newgrange と Knowth は Visitor Centre を経由してしか(内部の)観光ができず、Visitor Centre はかなり手前にあるため、30分もかからず着くことができ、一番乗りでツアーに参加することができた。良く考えるとツアーと呼ばれるものに参加するのは初めてだが、内部を見るにはこれしか手段が無いので仕方が無い。後で分かったことだが、自転車だととりあえず遺跡までは行けるツアーでなくても内部に入らない Knowth には行けるようだ。まず、9:45 から Knowth 行きのツアーで、バスで Knowth まで行った。ここは、大規模な古墳と、中規模の古墳が入り乱れた場所で、内部の塚と、周囲の石に描かれた文様が特徴的だ。一方 Newgrange は、さらに 大規模な古墳 で、しかも、中に入れる。この古墳はピラミッド以前に作られているのだが、内部は巨大な石を駆使ししてドーム上の空間を実現しており、天井を石で重層的に構成する設計が本当に見事だった。これは見る価値がある。さらに、複雑な文様が刻まれた入り口上部の窓から、夏至に光が差込、内部奥まで照らすそうで、ガイドの人がそれを実証してくれた。普通の観光客は、この二つを観光してお仕舞いだが、僕にはここまで一緒に旅をしてきた自転車がある。Dowth を見たいんだ、と visitor centre の人に言うと、自転車があるなら行けると場所を教えてくれた。Dowth は流石に観光客は一人しかおらず、遺跡も小規模だったが、その素朴な雰囲気と、丘の上の地形的な特徴のおかげで、落ち着いて過去の時間に思いを馳せることができた。しかし、Newgrange だけでもここは行く価値があると思う。流石に、Ireland 最大の観光名所だけのことはある。
## Dublin自転車で帰っても良かったが、Drogheda 行きのバスに乗ると、距離にしてはやや高い上に運転手は愛想が悪かった。自転車で 30 分かからないのに、2 Euro 以上とは Ireland 的には高過ぎますよ。学割も無いし、Dublin 行きで通しでも買えないし。観光地だからかもしれないが。Dublin 行きのバスへの接続が悪く、Dublin に着いたのは 15:00 過ぎ。Ireland 銀行前の Trinity College の Walking ツアーにちょっと参加して、Book of Kells というカラフルな世界最古の本を覗き見て、Long room を駆け抜けて、一路フェリーターミナルへ向かった。Dublin は直感的に、一人でいて楽しい街ではないと思ったためだ。もちろん、エンターテイメントは Ireland のどの街よりもあるだろうし、誰かとくれば楽しいのだろうけど、自転車では走りにくい人の多い歩道に、車の多さ、観光客の多さなど、走っていて落ち着かない。Ireland の他の街はどこも落ち着いた雰囲気があってよかったのに、この街はまるで他のヨーロッパの都市のようだ。それはそれでいいのだけど、Ireland に自分が求めているものとはまるで違ったので、船でそうそうに Wales に引き上げることにした。観光案内所では英国への船の時刻は分からない(というか、教えられないと言う風だった。どうして?)というし、フェリーターミナルまではかなり道が遠く、しかも着いたら次の船まで4時間近くあり、Wales の Holyhead に着くのは深夜0時過ぎということだったが、Dublin にはこれ以上いたくないのでさっさと引き上げることにした。Holyhead 行きの船は 24.5 Euro にしてはかなり豪華で、Bar や映画館、レストランなども充実していたが、Dublin のざわついた雰囲気だけが余韻として残り船旅としてあまりいいものではなかった。
この日は Wales の城を回った。
## Holyhead での落し物朝0時過ぎに着いたので、電車の時間だけ確かめて、椅子で仮眠していると、2時ごろ警官がやってきて、どうすんだお前というので、明日の朝の電車で行くよというと、電気消すけどいいかというのでいいと言うと本当に消えたので何とか眠れた。3時間ほどで目が覚めて、朝5時の電車で Bangor へ。チケット売り場で、電車の中で運転手からチケットを買えと言われたので、電車の中で待っていたが車掌が来ずそのまま降りてしまった。無賃乗車にではないか、と思ったが、これもラッキーかなと思っていたところに、アンラッキーがやってきた。旅の日記や、電話の暗証番号を書いたノートを無くしてしまったのだ。朝起きたときにリュックのチャックが開いていたので盗られたのかもしれないし、何度か日本に電話をかけたときに公衆電話の上に置きっぱなしにしてしまったのかもしれない。とにかく、Holyhead にあるのではと、駅の従業員や、Holyhead の遺失物取扱所に電話してみたりしていたが埒が明かないので戻ることに。往復£3.80もかかってしまった。結局、戻っても見つからず、さらに、城を回るのに出発するのも遅れと散々だった。結局、電話の暗証番号は、Bangor でインターネットアクセスのあるところで調べた。しかもその後、日本語が見れないよ、と言ったらお金を払わなくてい良いと言われたのでそのまま出てきてしまった。このように細かい悪行を重ねているから自分に跳ね返ってくるのだろう。Cork ではバス駅に急いでいて信号無視したら、赤だぞこらとか怒られたしなあ。
## Beaumaris, Caernarfon, Conwy castlesバスを使って Bangor を起点に3つの城を回ることにした。ルートは、Bangor -> Beaumaris -> Bangor -> Caernarfon -> Conwy である。Caernarfon からダイレクトに Conwy に行っているのがポイントで、これでその後に Brighton に戻るルートに乗ることができる。世界遺産になるような本格的な城を回るのはこれが初めてだったのだけど、果たして城はどれも素晴らしかった。平日と、雨模様の天気のおかげで観光客はあまりおらず、のんびり回れたという条件も良かったが、それぞれの城の雰囲気の独立性もかなり好印象だった。これらの城は、England の Edward I が、Wales を攻めるときに築いた Iron Ring と呼ばれる8の城に含まれる城である。最初に訪れた Beaumaris 城は Edward I が最後に建てた城で、Scotland 遠征のため建築が中断してしまったことから、完全に城として完成はしていないが、堀からの眺めも美しく、建築物としての対称性や城門も素晴らしい。西洋で城の内部に入るのは、Ireland で朽ちた城に入った他では初めてだったのだけど、内部は複雑で迷路のようだ。と思っていたら、この後で訪れた二つの城はそれに輪をかけて内部が複雑ですさまじかった。次に訪れた Caernafon 城はとにかく大きい城である。塔の数も高さも大きく、登るのが一苦労であった上に、内部には幾つも博物館があり見答えがある。はっきり言って、倍以上の入場料を取られる London 塔より、観光地としてずっと良いと思う。あれだけ内部を博物館化してしまうと、歴史的な意義を感じる雰囲気的な余裕も損なわれてしまっている。塔からの眺めや街の様子も良い感じだ。Beaumaris 城が建築物として美しいものの内部の奥行きなど未完成なところがあることや、Caernarfon 城が壮大な雰囲気を持ちながらやや観光地化され過ぎていることを考えると、Conwy 城は城の内部の重層性が最も優れていると感じた。規模としては小規模だが、小さいだけに、城の各階層が複雑に構成されていて、Caernarfon 城で城の大きさにややくたびれていたにも関わらず、内部を散策するのが楽しかった。吊り橋もまた城らしい。
## Long way to Chesterさてどこに泊まったものかと考えて、宿が確実にありそうな Chester に泊まることにした。ギネスブックにも載っているという、Smallest House を回ったりして、電車で Conwy を後にしようと思ったら、駅は電車が通る気配の無い田舎道。時刻表を調べてみると、なるほど、3時間に一本しかない。やや、くたびれて近くの人に Chester に行きたいんだけど?というと、城から橋を渡って、Llandudno まで行けという。実は、これは Llandudno Junction のことだったのだが、このときはすっかり焦って、Llandudno 行きのバスに乗った後に、時刻表で Llandudno Junction (Conwy から一駅)だけ行けばいいことに気づき、そこで降ろしてくれというと、なんと Conwy 城から橋を渡っただけのところで降ろされてショック。£1.5も払ったのに。Llandudno まででチケットを買ったので高めに払ってしまったかもしれない上に、この距離なら自転車の方が早い。Chester のユースホステルを予約した後、Chester の East gate などを眺めて大して美味しくないイタリア料理などを食べて、ユースホステルに着いたのは9時頃であった。ユースホステルは £15 と高い。英国の食べ物と宿の高さには恐れ入る。Wales で訪れた城下町の雰囲気の良さには触れておいても良いかと思う。
旅の終わり、Ironbridge 渓谷を抜けて Brighton へ。
## 駅でのトラブル睡眠不足でよほど疲れていたのだろう、起きたら8時を過ぎており、電車の時間に間に合わなかった。まあまあ美味しい English Breckfast を食べた後、Chester の街を駆け抜けて駅に向かった。途中、Chester の The Rows と呼ばれる商店街にも残された中世的な街並みといい、昨日の East gate といい、この街はかなり魅力的な街だと思う。しかし、この後訪れた Shrewsbury はそれに輪をかけて良い雰囲気の街だった。駅では、Shrewsbury と Oxford で break したいんだけど?と言うと、(ちゃんと聞き取れなかったので推測だが)Railcard が有効なチケットは無いと言われ、なんと£60以上のチケットを買わされる羽目に。買った後、Shrewsbury 行きの電車が行った直ぐ後で、次の電車まで一時間近くあることを確認して、Oxford に寄るのを諦め Shrewsbury 行きの片道切符を買うことに。これは£4程度と安かったのだが、駅員が Shrewsbury だと自分でも言っていながら、クレジットカードの支払いをちゃらにしたのを不愉快に思ったのか(このような穿った考え方をしてはいけないのだが)全く違う場所行きのチケットを発券しており、電車の中で 20p 追加で支払うこととなった。
## Shrewsbury と IronbridgeShrewsbury は中世の街並みが残る非常に美しい街で、Ironbridge に行くために訪れただけなのに、もっといたくなってしまうような街だった。Ironbridge には 40分ほどで着きその後 Telford までバスで抜けてそこから Brighton までの切符を買うことにした。Ironbridge は、産業革命の舞台で、世界最初の鉄橋がある。観光案内所には当時の通行料を示した看板があるなど良かったのだが、地域的に完全に観光化されており、博物館が10近くあるなど拍子抜けしてしまい、さっさと引き上げて Telford に向かったのだがここでもバスが遅れた上にローカルバスでのんびり Telford に着いた。Telford は着いた場所は完全に車の街という感じだったが、街の中心は違うのかもしれない。ともかく駅に着いて切符を買うと、£30ほどだった。あやうく£20以上余分に取られるところだったわけだ。恐ろしい。電車は果たして各地で遅れまくり、家に行く24番のバスを30分以上待ち、Brightonに帰ってきたのは夜11時だった。
今回の旅は矢の様に各地を飛び回ったが、素晴らしい遺跡や街を幾つも訪れることができた。とりわけ、Ireland の Dublin 以外の街と、Wales や 北 England の街が印象に残っている。次に来るときに訪れたいと思う場所もまた沢山あり、そしてそういう場所を一緒に訪れたいと自分が思う人がいることは本当に幸せなことだ。特に、Ireland 東部と北 England には連れて行ってあげたいな。
帰る準備をしなければ。しかし、旅行に行っている間に、Euro 2004 が終わったのは知っていたが(Cahersiveen でギリシャが勝ったと知った)、新しい世界遺産がいくつか加わり、英国の Liverpool や、日本の紀伊山地の霊場と参詣道、アイスランドの国立公園などが加わったそうな。相変わらず欧米が多いけど、アジアやアフリカからも結構加わっていますね。紀伊山地の霊場と参詣道と言えば、高野山は行ったことがあるんだよなあ・・・高校の時の勉強合宿とやらで。参詣道は確かに奥に進めば進むほど静謐な雰囲気が肌から伝わってくるし、世界遺産になりうる場所だと思います。
荷造りしなければいけない。今日帰ったらやってみるかな。amazon.co.jp で Ireland 関係の本を購入。ebookers.com に最終通達のメール、スカンジナビア航空に荷物の重量についての質問メール。以上。
荷物は預けられるのが 20kg まで、機内持ち込みが 8kg までか。自転車だけで 12kg あるんだよね。服と食べ物をどうするかだなあ。
荷物は片がついたので、いよいよ明日でイギリスにさよならだ。色んなことがあったけど、いい滞在だった。4月からの滞在はほとんどのんびりできなかったのが少し残念だけど、思い返してみると、どこにもいけない天気の悪い冬のイギリスも、あれはあれで結構好きかもなと思った。最後ドタバタして、お世話になった人たちにほとんど挨拶できなかったのだが、ほとんどの人には来週の ACL でまたすぐ会うことでしょう。みなさんありがとうございました。
トラブルが無ければ(もう嫌だよう)、この日の飛行機に乗って、次の日に日本に帰っている、はず。しかし、Air Canada のチケットの払い戻しの件でここ二ヶ月ずっとストレスがたまり続けてイライラしている感じなのは嫌な感じだなぁ。4〜6週間で払い戻されるらしいけど何ヶ月待たせるのかねえ。12万円だよ。1万円や2万円じゃないんだよ。ダブルブッキングよりずっとひどいよ。いい会社だと思っていたのに。連絡にかかった費用も時間もバカにならないし。最終的にちゃんと払い戻されても遺恨が残りそうだ。
## To Japan6時55分に Brighton Pool Valley Station に着いたら、6時45分の Heathrow 行きのバスが行ったところだった。6時台はイレギュラーなのか。8時まで待って、バスに乗ったら、見事に20分以上遅れてくれた。自転車込みのチェックインは無事終了。合計20kg超えていたはずだけど(25kgぐらい?)特に何も言われず。ただ、こないだの Easy Jet のときは何も言われなかったのに、タイヤの空気を抜かされた。しぶった調子でいたら、言ってること分かってる?と言って来たので(そんなの分からないわけ無いだろ、嫌なだけだよ)、しぶしぶ抜いた。圧力の関係で危険だからというのは分かるのだが、これって、成田に着いたらどうしたらいいの?空気入れられなかったら運ぶのがかなり面倒なんですけど。自転車はトローリーへ。飛行機も20分ほど遅れて、Copenhagen 空港に着いたら、もう搭乗時間になっている。搭乗口はすごい日本人の数。ヨーロッパからの帰りは今までシンガポール航空かエールフランスだったが、やはりこの季節の欧州便は帰りは日本人でごった返すなあ。一人のお客様いませんか、と日本語で聞いている地上乗務員の人がいたので、何かと思ったら、オーバーブッキングで席が一つ足りないとのこと。ビジネスクラスにでもしてくれるのかと思ったら、フランクフルト経由で全日空で飛んでくれないかと言われた。普段なら、OKだが、科研費で来ている以上、ルートが変わるといろいろ面倒なのことが起きるのは良く知っているので、申し訳ないが、断った。トラブルはもう勘弁だ。席は、後決めだったからか?Economy Extra という、ビジネスクラスとエコノミークラスの中間のような席で、かなり広め。ノートPCの電源も着いており、度の国のプラグでもアプライできるような雰囲気だったが、ACアダプタバックパックに入れたんだよな。まあいいけどさ。多分ほとんど寝るだろうし。しかし風邪気味で辛い。・・・実際はほとんど寝られず。時差ボケも勝手に直ってしまった。直すつもり無かったんだけどなあ。